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  • 昭和初期から商店街の集客に利用されていた「大売出し」ののぼり

    18-08-13

    昭和初期から商店街の集客に利用されていた「大売出し」ののぼり.jpg

     

    集客ツールとして欠かせないのぼりですが、その起源は何かご存知でしょうか?

     

    以前、「のぼりがあるのは日本だけ? 海外の旗(フラッグ)と日本の幟の違いとは」という記事でもご紹介しましたが、

     

    のぼりは平安時代頃から戦での自軍の目印として使われはじめ、やがて集客に利用されるようになりました。

     

     

    では、現在のような、お店で集客するためののぼりとして利用されるようになったのはいつ頃なのでしょうか。

     

    調査してみると、商店街では昭和初期には既に「大売出し」ののぼりが使われていたことがわかりました。

     

     

    そこで今回は、今から80年程前の昭和10年代に使われていた商店街ののぼりについてご紹介したいと思います。

     

    昭和初期の「大売出し」のぼり

     

     

    昭和10年代、町の商店街は百貨店に対抗するため、商業組合を結成しました。

     

    当時、一か所で必要な物がすべて揃う百貨店は、モダンな外観や商品の質の良さも相まって、多くの消費者に支持されていました。

     

    そんな百貨店に中小規模の小売店が対抗するには、組合を結成し、商品の仕入れや運営を協力して行っていく必要があったのです。

     

     

    それぞれの商店街は、組合を結成した記念に大規模なセールを実施しました。

     

    そして、そのセールの際に商店街に立てられたのが「大売出し」ののぼりでした。

     

     

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    画像引用元:まちかどの西洋館別館・古写真・古絵葉書展示室

     

    http://besankosyashin.blog56.fc2.com/blog-entry-367.html

     

     

    「大売出し」と書かれたのぼりは商店街全体に立てられ、お祭りのような空気を演出しました。

     

    こののぼりが功を奏したのか、大売出しは大いに盛り上がり、以降も年末年始やお中元の時期など、季節の節目で実施されるようになりました。

     

    これらの賑わいある大売出しは、その後間もなく勃発した第二次世界大戦により、一時中断されました。

     

    しかし、戦争が終わった後は再び「大売出し」を再開し、復興に向かう町や国を盛り上げました。

     

    現在の「大売出し」ののぼり

     

     

    当時に比べると数は大分減ってしまいましたが、商店街と「大売出し」ののぼりは、現在も受け継がれています。

     

     

    兵庫県にある明石・魚の棚商店街では、毎年12月に「歳末大売出し」が行われます。

     

    この歳末大売出しでは、毎年大漁旗と共に「大売出し」ののぼりが多く掲げられ、年末の商店街を活気づけています。

     

    参考:明石・魚の棚商店街

     

     

     

    今も昔も、のぼりは店や地域を盛り上げるために欠かせない存在。

     

    今日も多くの店先を彩り、集客に一役買っています。

     

     

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